どのような本か? |
説 |
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田口ランディが女性作家だと、この本を読んではじめて知った。ランディという名が、男でも女でもない一種の記号をい生んでいたことに、"文字"による媒介は、人類の最高発明品だと、だれかが言っていたことを思い出した。 成程、ランディは女性作家か。どおりで男にはない直感力と、リアルさがこの本にはあったのだなあと、僕は少々を不快感ながら読み続けた。僕は男であり、男の思考しかできない情けない人間です。そうすると、女性作家特有の、論理一言では片付けられない女性ならではの、凄みを感じるのだ。これが論理思考しかできない僕には分からないの代名詞だった。そして尊敬する。「へえ!この人は物事にメスを入れるんだ!」とても真似できない感受性を備えた人にただただ・・・・。ランディは人間が好きなんだな。それはこの本から読み取れる彼女の一部の生活が、そういっているのだ。 僕は彼女の小説すべてを読んだことが無い。むしろこの小説がはじめてである。この本は現代社会に蔓延る、陰湿な事件や、人間の悪などについて、著者の意見や、友人、在日韓国人らの意見を混ぜて(というより会話です)、すこし小説っぽく書いていた。そのポクってのがすごい表現トリックを生む。この本は、どこまでがリアルでどこまでが幻想なのか分からない。というよりずべての短編に構成された"物語"が、すべて彼女の取り巻く世界で起きたことを書いている。と思い込んでしまうほどだった。 本とは事実であれ文学作品であれ、"文字化"したものにリアル性はなく、ただの"本"になってしまう。これはTVとおんなじである。しかしこの本は時折見せる「小説かもしれない}というネタを、読者に掴ませることによって、すべてがリアル化してしまうことなのだ。つまり、幻想の中にほんの一部だけが本当の幻想が混じっている。読者は見事に錯覚してしまう。 田口ダンディ、もし意図的にトリックをしているなら、まちがいなくあんんたは天才です! |